• 会社が危ない

    今の仕事は楽しいけど、会社は先行きが怪しい。ここ3か月、給料が半分しか支払われてない。社員も減ってる。私も生活ケチってしのいでギリギリ。そろそろ保身を考えないと。今月の給料も半分だったら、来月からは副業を探す。悪いけど、今の仕事は多少手を抜くことになる。

    今の会社のプロジェクトたちは、理念が好き。優しさがある。本質的に社会に貢献できる可能性を感じさせる。会社はぜひ存続して欲しい。でも、危うい。

    所属していた会社が潰れた経験は過去にあるので、悪いことだけど慣れてはいる。ベンチャーや、ベンチャーに片足突っ込んでるインディーでは、そんなことは珍しくもない。とはいえ、今の会社は特に居心地が良いので、危うい状態にあるのは、とても残念。

    私は過去、たいていプログラマとして働いてきた。ただ、ウェブプログラミングは避けてきた。JavaScriptが嫌いだったから。今扱ってる案件たちはウェブアプリだけど、JavaScriptは直書きしない。Flutterを使っているから、Dartで書いている。快適だ。転職や副業ではFlutter案件は候補にしたい。

    3日前から求人サイトを眺めている。まだ焦る時間じゃないけど、求職モードに慣らしておく。良い仕事が見付かるかどうかは、完全に運。ほんと、今の会社が一番良いんだけどなぁ。

  • ブログの設定

    ブログの目的は、文章を書いて、読んでもらうこと。なので本来、設定は最小限が良い。できる限りデフォルトで行く。ブログを立てるとき指定するのは、タイトルとユーザ名とパスワード、それからテーマ。最初からあるサンプル投稿とサンプルコメントは隠す。サンプルページとサンプルナビゲータは消す。他はすべて好みの問題。こだわると沼。

    コメントはデフォルトで許可になってる。「コメントの投稿者の名前とメールアドレスの入力を必須にする」が有効になってるので、少しはスパムを防ぐ効果があると期待。初めはスパムを手で消して、増えたらコメントを承認制にして、それでも駄目なら一時的にコメントは禁止。ブログが広まらなくても、公開すれば必ずスパムは来る。

    ブログのコメントは最小限の双方向性。できれば禁止したくない。でも、うまく行くとは限らない。スパムでなくても、法に反するコメントがあると問題。管理コストは覚悟。とはいえ、ブログが広まらないうちは、コストは小さい。

    コメントの承認制では、悪意のコメントを一方的に読むことになる。心理的な重さも問題だけど、双方向性が失われることが、もっと問題。コメントは元々双方向性のためだから、逆方向とはいえ、双方向性が無くなると無意味。

    日付け形式、時間形式、開始曜日は設定。ここではデフォルトには、こだわらない。キャッチフレーズの設定は無視。

    デフォルトの2025年版テーマは最新の投稿を読むには良いけど、過去の記事を眺めるには合わない。なのでカテゴリ、タグ、アーカイブを上の方に追加。この辺は、また調整する。

  • すみれが死んで1か月

    1月18日に、すみれは死んだ。最愛のインコだった。泣いた。あれから1か月。あまり人には言ってない。心配させたくないから。私は大丈夫だが、思い出さない日は無い。賢くて、優しくて、可愛くて、美しいインコだった。

    私は世界を肯定できなかったが、すみれを否定することは出来無い。すみれが存在し得た世界を否定することも、それゆえ出来無い。肯定しよう、世界は素晴らしいと。すみれゆえに。

    すみれとの楽しい日々は、私の記憶に生きている。すみれとの信頼関係は、今でも私を生かしている。すみれが認めた私を、私も認めざるを得ない。肯定しよう、自分自身を。すみれのために。

  • 直接返信は角が立ちそうだから

    フェディバースで流れてくる発言に思うところがあっても、返信しないで飲み込むことが、しばしばある。私の言葉は唯物論に根差しているので、相手の幻想を壊してしまうから。人は幻想を壊されると、防御反応で攻撃的になる。私には悪意は無いが、一時的とはいえ、相手にとって不快な状態が発生することを理解しながら、それに配慮しないのは、倫理的には、良くないことだ。

    かといって、言いたい言葉を飲み込んで言わないのは、私にとっても圧迫感はある。そこで、その場で相手に直接返信するのではなく、別の場所でひとつの事例として取り上げ、自分の意見を添えることにした。その場所が、ここである。

    フェディバースでは、フォローしている人の発言が流れてくる。本来の使い方としては、気に入らない発言をする相手は、フォローを外すなり、ミュートするなり、ブロックするなりすれば良い。でも、私の場合は、広く多様な感性に触れていたいので、主張に同意できなくても、聞くだけは聞きたい。そして本来なら、私が感じたことを相手に告げたいのだが、それが、一時的とはいえ、良い結果を生むわけではないと知っている。それで私は黙り、ただの聞き役に回ることになり、フェディバースであるべき本来の双方向性が失われてしまった。これは結局、フォローを外すべきという示唆なのだが、私はそうせず、敢えて別な挑戦をしようということだ。そのために、多少の努力と労力を割くことにする。